2009年3月24日火曜日

ネドベドに最後のタイトルを切に願う!!

ユベントスの監督だったとして、現在のタクティクスでレフトサイドの選手のファーストチョイスは誰にするか。

ユーベの左サイドができる選手はネドベド、ジョビンコ、マルキオンニ、デ・チェリエ、サリハミジッチ、デル・ピエロがいる。守備力を問うならデ・チェリエとサリハミジッチ、突破力を考えればジョビンコ、マルキオンニ、ボールの収まりを考えるならデル・ピエロということになる。

しかし、どう考えてもファーストチョイスはネドベドだろう。彼はレフトサイドだけではなく、攻撃的なピッチのほぼ全面をカバーする運動量がある。そして、強烈な左右のミドル。36歳になっても一流の選手として名前があがる。ネドベドを重洗車だとすると、ジョビンコ、マルキオンニは軽量級、デル・ピエロはセコンダ・プンタに特化し、デ・チェリエは経験不足、サリハミジッチは安定志向に尽きる。

ネドベド、かなわなかったCL決勝への思い (1/3)(スポーツナビ)

「試合後のロッカールームで僕らは皆、失望で沈み、誰も口を開こうとはしなかった。でも、中でも最も悲しみに打ちひしがれていたのは、間違いなくネドベドだった。自分の中に閉じこもってしまっていた。彼は、もっといい状態でこの試合に臨み、チャンピオンズリーグ(CL)でもっと輝かしい終えんを迎えるに値する選手だった……。もし彼が、故障で交代せずにピッチに残っていたら、試合の結果はまったく違ったものになっていたはずだ」

2-2で第2戦が終わり、2試合合計2-3でユベントスの敗退が決まったCLの対チェルシー戦の後、チアゴはひっそりとこう明かした。


あれは故障というよりも、チェルシーのネドベド潰しだった。ユベントスで一番危険な選手はネドベドで、ヒディンクは攻撃の芽を潰すためにネドベドに危険なタックルを仕掛けた。二度の負傷でネドベドはピッチから去らなければならなかった。わずか13分の間に治療を要する負傷を二度もしなければならないというのはよほど悪質なタックルを仕掛けたということだろう。それだけヒディンクはネドベドが怖かったのだ。

02-03シーズンのレアル・マドリーとの準決勝第2戦、ネドベドは自らのゴールと並外れたパフォーマンスによって、CL決勝行きの切符をもぎ取った。しかし、3-1でリードしていたこの試合の終了間際、彼はまったく不必要だったファウルを犯し、累積警告のため決勝の出場資格を失ってしまう。

「チェコに住んでいたころ、テレビでCLを見て、いつの日かそこでプレーしたいと思った。子供のときから、僕はあの“ビッグイヤー(優勝トロフィー)”を勝ち取ることを、ずっと夢見ていたんだよ」

いつもこう語っていたネドベドは、レアル・マドリー戦が終わると勝利を喜ぶ仲間の間を縫って、涙にくれながらピッチを去った。そしてマンチェスターでの決勝で、ユベントスはネドベドの不在を痛感させられることになる。攻撃面での牙を失ったユベントスは、スコアレスで120分を終えた後、結局PK戦の末、ミランに敗れた。

その年の終わりに受賞したバロンドール(欧州最優秀選手賞/当時)も、ネドベドのトラウマを癒すことはなかった。受賞に先立ち、彼は「個人的な賞に興味はない。僕は、チームとともに勝ちたいんだ。驚かれるかもしれないけど、僕の夢はCLであって、バロンドールではないんだ」と漏らしていた。

バロンドールを主催する『フランス・フットボール』誌の関係者たちが聞いたら気分を害しそうだが、受賞した後でさえ、ネドベドは「僕はこの賞を、喜んでCLのタイトルと取り替える」とはばかりなく言っている。あの優勝カップはもはや、彼の執念の権化となっていた。だからこそ、その6年後にチェルシー戦を前にして、また同じ言葉を繰り返したのだ。「この大会に優勝するためだったら、僕はすべてを投げ出す」と。


レアル・マドリーとのセミファイナルセカンドレグで勝利を確定させたあとのジャッロでネドベドはファイナルのサスペンションが決まった。喜びをあらわにするユーベの選手たちの中でピッチに蹲り、泣きながら「死にたい」と言った彼のことを絶対に忘れない。

できることなら、もう一度だけでも彼のためにファイナルの地に連れていってあげたかった。彼は鉄人でいつまででも現役でいると思ってしまうけれども、彼も来シーズンは37歳。いつまででも高いレベルを保っていられるわけでもない。

モッジが余計なことをしなければ、2回チャンスはあったはずだが、それでもネドベドはユーベを躊躇なく選んだ。移籍しようと思えばどこにでも行ける状態だったのだけど。

しかし、シーシュポスの勇気と執念をあざ笑うような残酷ないたずらは、その後も続いた。ユベントスは03-04シーズンは決勝トーナメント1回戦、続く2シーズンは準々決勝で欧州の舞台から敗退。それから06年夏、不正スキャンダルによるセリエB降格事件が起きる。「ユベントスとの契約は06年夏に切れる。その時に引退するという意思をすでに表明しているし、考えを変えるつもりはない」。こう明言していたネドベドが残留を決めた理由の1つには、煉獄に落ちたユベントスを見捨ててはいけない、という忠義の念があった。

CL優勝だけを望むなら、降格が決まるや四散したイブラヒモビッチ、ビエイラ、カンナバーロ、テュラムらほかのスターたちのように、ほかのビッグクラブに移ることもできたはずだ。しかし、これまでいつも身につけるユニホームに忠義を尽くしてきたネドベドは、デルピエロらと並んで、ほぼ迷わず残留した数少ない選手であり、またクラブがぜひキープしたいと望んだ選手の1人でもあった。

おかげで今、彼がユベントスファンから受ける敬意は限りないものだ。クラブに残った選手の中にも不平を漏らす者は少なくなかったが、ネドベドは黙々とセリエBを戦った。そして、そこでもいくつもの勝負を分けるゴールを挙げ、デルピエロらと手を取り合ってチームをセリエAに引き上げた。


純粋な意味ではネドベドは生え抜きではない。それをいうならデル・ピエロも生え抜きではないが、彼はパドバでデビューしてすぐにユベントスに移籍してスターとしての道を歩んできた。ネドベドはあのジダンの後継者として選ばれた選手だった。バッジョがいたときのデル・ピエロとは立場が違う。デル・ピエロもバッジョと比べられるのを嫌っていたが、まったくプレースタイルが違うジダンと比べられるのは相当なプレッシャーだっただろう。しかし、彼はそのプレースタイルでユベンティーノを納得させ、そして愛される選手となった。

もちろん、彼の人柄もあるだろうが、やはり大きいのはユベントスを愛しているという事実、そのためにはどんな汚れ役でもきちんとこなすという彼の精神が大きい。カルチョポリで残留に向けて選手を説得して回り、昇格に向けて全力を尽くしたという事実はネドベドを神聖化したといっても過言ではないだろう。

ユベンティーノはネドベドが望むなら、たとえ、トップフォームからおちてしまっても彼をチャンピオンズリーグのファイナルの地に立たせたいと思うのだ。

もっとも謙虚なネドベドは、自分が現在の地位に至った理由を“努力する能力”のおかげだと見なしている。02-03シーズンのCLで夢の舞台を踏む権利をはく奪された後、立ち直るにはかなりの時間がかかった。そして彼が悪夢から気持ちをそらすためにやったのは……猛練習だったのだ。

「僕は練習し、練習し、練習した。休暇で海に行っていた間でさえ、毎日のランニングの量を決して減らすことはなかった。僕の強さの秘密は、まさにこれなんだ――努力すること。僕は技術的に、特に並外れているわけではない。もし細心の注意を払ってコンディション作りをしていなかったら、決して今のレベルに至ることはなかっただろう」

しかし、時間とともに痛みは薄れても、CL決勝への妄念を消すことは容易ではなかった。「あの警告のことは、いまだ頻繁に考える。あのシーンが、昼夜問わず繰り返し頭によみがえってくるんだ。この夏の休暇の間もそうだった。この嫌な思い出のために、眠れないこともよくあった。僕は、何としてでもマンチェスターでの決勝に出たいと思っていた。あれは僕のキャリアの頂点となるはずの試合だったんだ。あのことを記憶から消し去るのは難しいだろう」。ネドベドはユーロ04の前に、こう心境を明かしている。

「試合はすでに決まっていたのだから、彼がすでに警告を受けていたことを考慮し、交代させるべきだった」と、リッピ監督を非難する者も出て、この一件はイタリアで大きな論議を醸した。しかしネドベドは、「同意できない。監督が僕を残したのは良いことだ。なぜって、僕は常にプレーしたいと思っているからね」と反論した。

また、警告をもたらした不要なタックルを後悔しているかと聞かれた時には、きっぱりとこう答えた。

「いや、あのようなタックルを再びやるだろう。僕は計算して後ろに引くようなタイプではないし、ピッチ上の選手は本能を決して制御できないものなんだ。僕はあれを、運命の仕掛けた不実ないたずらだったと思っている。最も大切に思っていた試合を僕から取り上げた、残酷なジョークだったと」


ネドベドは運命のジョークとして最後のチャンスを失ってしまったことを振り返っている。彼は同じようにプレーし、そしてファイナルに立てない結末になった。

ぼくは根っからのユベンティーノであるが、この数年はネドベドをファイナルの地に立たせるだけのためにユーベを応援していたと思う。優先順位はそれが一番だった。モチベーションはいつでも高かった。

そのネドベドも今シーズン限りでスパイクを脱ぐ。まだ信じられないがこれは事実だ。彼の性格からしてユベントスが来季もチャンピオンズリーグに出られるからといって前言を翻すことはないだろう。だからこそ、悪質なタックルを仕掛けたチェルシーとヒディンクを許すことは絶対にできないのだが。

彼は引退後のことは考えていないと言っているが、B落ちしたときにはプリマヴェーラで指導をするというようなことを言っていた。それが叶うといいと思う。

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