2008年8月5日火曜日

出雲大社本殿特別公開に行ってきました



出雲大社本殿特別公開は60年に1回。生まれる前に公開され、そして死んだあとに再び公開される。という一生に一度しかない体験で、できるだけ出雲に長くいられるように日程を設定。行きはバスの日帰りツアーを使い、帰りは出雲市内で一泊してもう1回ゆっくりと見てそれから帰る予定だった。

きちんと日程の確認をして3日の出発に備えたが、当日出発時間になってもアメリカ人の友人がやってこない。電話は電源をオフにしている。マンションまで行ってみたが音沙汰なし。

というわけで、彼を置いてバスは出発。松山、東温と回るうちに連絡が取れればうちからはショートカットできるからサービスエリアで追いつくかもという思いは甘かった。

日本人の友人なら自業自得で放っておくのだけど、アメリカ人だし、楽しみにしていたようなので電話をかけ続けて8時前にようやく携帯がつながり、ぼくの妹が彼を車に乗せて追いかけることに。バスは100キロ以上でぶっ飛ばしているので、間に合わないと思いつつも、広島経由で回った方がというメールもむなしく、香川、瀬戸大橋、岡山、鳥取、米子、宍道湖、出雲と続く旅はバスのほうが早くつく。

どれだけスピードを出してきたのかしらないが、その30分後には追いついてきた。ただし、駐車場の時間待ち。



途中から振りだした雨もあり、一緒にバスで行った3人の友人とともに到着を待つことに。とりあえず、整理券をもらい、さらに遅れてくるふたりの分ももらって、出雲大社の仮本殿にお参りすることにする。ぼく以外は誰も正式なお参りの仕方をしらない。四拍四礼という正式な参拝を教えて、お参りをする。神紋は桔梗紋で、注連縄は通常の神社とは逆。通常は向かって右が頭で左が尻尾だが、出雲大社は向かって左が頭で右が尻尾。







この注連縄の意味は神さまを中に閉じこめて出られないようにするということ。暴れ紙である証拠に、参道は本殿正面にあるのではなく、ちょっと向かって右側にずらしてある。これは暴れ神の証拠。だが、神職の人は暴れ神ということはまったく認めず。

ところがお参りが終わると他の3人はみんなバラバラになってぼくひとりがアメリカ人の友人を待つことに。あいにくの雨で涼しいのはいいけれども、ひっきりなしに参拝者がやってくるので、場所を少しずつ移動しながら待っていることに。

整理券配布のテントでは露出の高い服をきた若いお母さんが入れないということを言われてすごいキレている。「子供も入れないのか」とかね。子供はおとなしい格好だったので入れてもらえるようだが、特別拝観をするならきちんとした服装でくるか、神職を打ち負かすほどの理論武装をしてこないと。感情論ではまったく通じない。

ちなみに完璧な理論武装で話をすると、すぐにわかりませんと言って神職は逃げます。出雲の雲は八本足の蜘蛛ではなく、瑞兆が沸き立つところといっていたから、和泉や熊野、吉備の話を持ち出し、出雲も蜘蛛というテロリストが出てくるところという話をしたら、苦々しい顔でどこかに言ってしまった。

バス到着から1時間後、ようやく合流。荷物を妹の車に置いて、本殿特別公開まで待つことに。妹は普段着なのでジーンズを穿いているから心配だが、ミニスカートの人も入っているし、大丈夫かなとまずは宝物殿に。

ここは写真撮影現金なのだが、居合道を習っているアメリカ人は写真を撮りたかったらしい。村正、正宗などを食い入るように見つめている。彼は日本語を話せるのだが、専門用語まではわからないのでぼくが英語で翻訳しつつ、宝物殿を一周。150円なので、ゆっくりと回ることができた。









このふたつの摂社はどちらも出雲国の国造の祖先を祀るところ。このあたりは木も多くて涼しい風が吹いている。

ここから見える本殿はこんな感じ。



本殿の回廊をぐるりと回って中を見せてもらえる。このときはご神体を見られるのではとドキドキ。

本殿の裏に回ると素戔嗚尊が祀られた神社が。





この神社は拝殿のすぐ後ろが本殿ではなく山というかたち。これは山がご神体という神奈備。山がご神体ということは蛇であり、鉄であることがわかる。ただ、出雲には水銀がないため、多田羅だけの神ということ。

因幡の白ウサギの昔話から王仁氏と大国主命の一族は敵対していた可能性もあるとか、仲間割れがあったのかもとか思うけれども、この話は南方にもあるし、マウリ語で読み解くとかなり面白く読めるため、その分派かもしれず。

ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源

鉄の神という証拠に稲荷神社の祭神宇迦之御魂神を祀った摂社があった。この神社は本殿の向かって右側。順路でいえば最後になる。





ちなみに本殿を裏から見るとこんなかたち。避雷針がずっと垂れ下がっているのが面白い。



うろうろしているうちに本殿特別公開に。

テントの中に入ると順番で入れるのに全員が殺気だって前へ前へと向かっていく。
席が空いた瞬間に椅子取りゲームのようにみんなが走る。
ぼくは見られるのがわかっていたから、ゆっくりあとから行ったのだが。

妹は普段着で来ていてジーンズがやっぱり引っかかり、友人のズボンを借りての参拝になって、このときにはみんなバラバラに。

ぼくはアメリカ人の友人とバスで知り合った歴史マニアの人と一緒。

本殿の中で写真を撮ったり、国宝の柱に触っているマナーの悪い人間がいるから、彼らに注意をして、やめなければつまみ出すことを係員に提案しながら進む。正装には意味がないが、触ったり、写真のフラッシュは劣化の原因になるからね。絶対にやってはならない。自分だけいいというのは駄目だ。

そういうことがありながら、ゆっくりと本殿の回廊を周り、本殿裏に小さな祠があるのを発見。絶対に入れないところにあるそれは何という話だったのだけど、飛びおりるわけにも行かず。写真も撮れずで、コンパスで向きを確かめる。南向きは間違いなかったのだけどね。

それから本殿の中を覗き込み、天井の七つの雲と直径1メートルはある大きな柱、それから普段はご神体がある御簾がおりたご神座。鏡か剣か確かめたかったのだけどね。それはできなかった。

次の機会があるとして60年後。もう生きていないだろうね。

翌日は特別展示をいろいろ見て回り、もう一度境内を回って、それから車で一路広島へ。濱田自動車道に合流すれば最終のフェリーに間に合うというぎりぎりの日程でフェリーに乗りこんだ。かなり、スリリングだったけれども、楽しい旅行だった。

今度はもっと楽に行ける伊勢神宮ツアーだね。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

良いですね~。写真からも凛とした気配を感じます。
でも、残念ながら写っている方々の中にはかなりくだけた格好の方もいますね。あれだけ宣伝しているのにふさわしくない格好で来る方がおかしいし、逆ギレするなんて信じられません……
60年に一度って宣伝が裏目に出ているかもしれないですね。

一緒に行かれたアメリカの方は大三島に行かれたらワクワクでしょうね♪

大国主命が、本殿内で横を向いているのはどんな感じでした?ネットなどでも見る機会はありますが自分の目だと違う印象が残りそうな。
やはり怨霊封じの要素が濃いのでしょうか?

いろいろなアクシデントが返って楽しい旅になったのではないでしょうか?
やはり自分の目であちこち見て確かめたいですよね!
お疲れ様でした♪

kiri220 さんのコメント...

>jasminteaさん

出雲の参詣はくだけた格好でもできるから。
境内にはビーチに来ているの? というくらいの格好の人はたくさんいましたよ。
逆ギレしていたのはひとりだけで、特別公開は関係ないからという感じでしたね。
もったいないとは思いますが、貴重なものだからと強制するわけにはいかず。

たぶん、彼は大三島ではワクワクでしょうね。
誘ってみようと思っています(笑)

本殿の中を見られたのは3分くらいで天井の雲と大黒柱と5つのご神体が祀られている祠(当然閉められていましたが)を確認するので精一杯でした。

大国主命が西向きなのは、布がかかっていたこととおそらくは遷座されていて現在は空位と言われていたので、あのなかには大国主命は折られなかったのではと思います。

ただ、怨霊封じというのはいろんな結界があってなるほどと思いましたね。

ただ、神職の方はあまりにも出雲を神聖化しすぎていて、史実をまともに見ていない気がしましたね。

アクシデントは本当に大変でした。
それでも全員がユーモアを忘れなかったのはよかったですね。

ぼくは周りに相当気を遣っていましたが(汗)